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アンブロタイプかティンタイプか?記憶を写す二つの素材

  • 執筆者の写真: esfahanchaihane
    esfahanchaihane
  • 5月19日
  • 読了時間: 4分

更新日:5月20日


湿板写真は、19世紀半ばに登場した写真技法で、ガラス(アンブロタイプ)や金属(ティンタイプ)の板に直接像を定着させる方法です。現代のように紙にプリントするのではなく、素材そのものに像を焼き付けるこの技法では、使用する素材によって写真の“表情”が大きく変わります。ここでは、代表的な「アンブロタイプ」と「ティンタイプ」について、それぞれの特徴や佇まいの違いをご紹介します。




アンブロタイプ──ガラスの奥に眠る像

アンブロタイプは、ガラス板にコロジオン溶液を塗布し、硝酸銀で感光化させた後に撮影・現像して作られます。撮影で得られる像はネガですが、背面に黒いベルベット布や塗料を施すことで、ポジティブ像のように見えます。アンブロタイプは「特別なポジ写真」ではなく、「見せ方によってポジに見えるガラスネガ」なのです。露光不足のフィルムネガでも黒い布の上に置くとポジに見えるのと同じ理屈です。


「アンブロタイプ」という名称は、ギリシャ語で「不滅」を意味する「ambrotos」と「型」を意味する「type」に由来し、ガラスの耐久性や像の永続性を象徴しています。

ガラスならではの透明感や奥行きがあり、見る角度や光の加減によって表情が変化します。その静かな美しさは、見る人に「時間が閉じ込められている」ような印象を与えるかもしれません。



ガラスは光を通す美しい素材ですが、同時に壊れやすい一面もあります。

アンブロタイプを見ていると、そのガラスの脆さが、どこか人と人との関係性にも重なるように感じられることがあります。失われやすいものだからこそ、大切にしたいという気持ちを静かに呼び起こします。





ティンタイプ──無骨で軽やか、瞬間の佇まい

ティンタイプもアンブロタイプと同様に湿板技法によって作られますが、こちらは黒く塗装(ジャパニング、Japanning)された金属板―当時は主に鉄板、現代ではアルミ板―に像を定着させます。ジャパニングとは、ヨーロッパで日本の漆器に影響を受けて生まれた技法で、金属に黒い塗装を施すのが特徴です。19世紀には、東洋趣味(オリエンタリズム)と西洋の技術が融合した文化的背景を持つ表現として注目されました。また「ティンタイプ」という名称は、実際には鉄板が使用されていたにもかかわらず、当時「ティン(ブリキ)」が安価で手軽な素材として広く知られていたことから、そのイメージを借りて名付けられました。初期には「フェロタイプ」とも呼ばれており、黒く塗装された鉄板(ジャパンド・アイアン)を使用していたためです。


ティンタイプは主にアメリカで流行し、日本では普及しませんでした。ただし、勝海舟などの侍が使節団として米国を訪れた際に現地で撮影されたティンタイプが現存しており、貴重な記録となっています。


ティンタイプの像は、黒い下地によって直接ポジ像として立ち上がり、現像後すぐに目に見える形になることから、19世紀アメリカでは「その場で持ち帰れる写真」として人気を博しました。街角の写真屋や移動スタジオで簡便に撮影され、今日のスナップ写真や証明写真に近い感覚で流通していたのです。表面はつるりとした質感を持ち、無骨ながらも軽やかで、どこか即興的な魅力があります。木製スタンドなどに立てて展示すると、「物」としての存在感が際立ちます。




手ざわりが語る、素材の物語

アンブロタイプとティンタイプは、支持体こそ異なれど、写真の生成プロセスは基本的に同じです。どちらかが明るい、コントラストが強いといった違いはありません。どちらもコロジオンで感光層を作り、硝酸銀で感光化し、現像と定着を経て、銀の粒子によって像がプレート上に直接残るという仕組みです。そのため、画像自体の見た目――被写体の質感や濃淡の表現――が大きく変わるわけではありません。以下のリールでは、前半でアンブロタイプ、後半でティンタイプのプロセスをご覧いただけます。


それでも、実際に手に取ってみると、ふたつの湿板写真にはまったく異なる「物」としての感触があります。アンブロタイプは、ガラスの冷たさと重み、光を透かす奥行きがあり、静かに佇むような品格を感じさせます。一方、ティンタイプは薄く、軽く、ポケットに入れて持ち歩けそうな親しみやすさが漂います。同じ化学反応から生まれた像であっても、「何に焼き付けるか」によって、写真の存在感そのものが変わる──湿板写真は、そんな素材と記憶の関係を教えてくれる表現なのです。





 
 

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