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湿板Journal


16歳で日本に来た写真家、ミヒャエル・モーザー
ミヒャエル・モーザー(Michael Moser, 1853–1912)は、明治初期の日本を撮影したオーストリア出身の写真家です。彼の名前を知ったのは、『高精細画像で甦る150年前の幕末・明治初期日本』という写真集を通じてでした。 この本には、150年以上前に撮影されたガラス湿板ネガをもとにした写真が数多く載っています。 写真集『高精細画像で甦る150年前の幕末・明治初期日本』/洋泉社、2018年 16歳で日本に渡った少年 モーザーが日本にやって来たのは1869年(明治2年)、まだ16歳のときでした。 オーストリアの山間の村に生まれ、学校教育を受けたのはわずか6年間ほど。14歳のときに写真家ウィルヘルム・ブルガーと出会い、弟子としてウィーンへ渡ります。 その翌年、ブルガーがオーストリア=ハンガリー帝国の東アジア遠征隊に写真家として参加することになり、モーザーも助手として同行しました。 ミヒャエル・モーザー(1872年)/Wikimedia Commons(Public Domain) ヨーロッパを出発し、アフリカ南端のケープタウン、ジャワ、シンガ
3 日前


なぜ結婚や家族の記念に湿板写真を選ぶ人がいるのか
スタジオには、結婚や家族の記念として湿板写真を撮りに来られる方が多くいらっしゃいます。新婚のご夫婦、結婚記念日を迎えたご夫婦、お子さんが生まれたご家族。 撮影後に「なぜ湿板写真を選んだのですか」と伺うと、「形として残したかったから」という言葉をよく聞きます。 今は写真のほとんどがデジタルカメラやスマートフォンで撮影されたものです。レンズを通った光は電気信号に変換され、データとして保存されます。 一方、湿板写真では光によって銀が反応し、その銀の粒子が像になります。考えてみると不思議な仕組みです。被写体から反射した光がレンズを通り、目に見えないほど小さな銀の粒子として定着する。 そんな説明をすると、多くの方が驚かれます。湿板写真は、写真である前に一種の「物」でもあります。 そして湿板写真の一種であるアンブロタイプは、ガラスの上に銀で像ができる写真です。 ガラスは決して丈夫な素材ではありません。落とせば割れますし、保管にも気を使います。だから普通に考えれば、長く残る写真には向いていないはずです。 ところが、19世紀に作られたアンブロタイプは今も数多く残
6月17日


湿板写真を撮るということ|記念として残す一枚
今日は少し趣向を変えて、実際に撮影に来ていただいた方々のことについて書いてみようと思います。 スマートフォンで、誰もが簡単に写真を撮れる時代になりました。 その一方で、東京でも体験することができる「湿板写真」を、あえて選んで撮影に来られる方がいます。 多くは、30代の新婚のご夫婦やカップルです。 中にはフォトウェディングとして撮影される方もいます。 日本の方もいれば、海外から来られる方もいます。 フィルムカメラを普段から使っている方も、少なくありません。 スマートフォンで撮影された、明るく鮮やかな写真があふれている中で、 あえて落ち着いた空間の中で、節目の出来事をかたちとして残したい。 そう考えて、湿板写真を選ばれる方が多いように感じます。 湿板写真の撮影は、手軽なものではありません。撮影から現像までを、その場で行います。 明るい部屋の中で、プレートに像がじわじわと浮かび上がってくる。その様子を見ることができるのも、この写真の特徴のひとつです。そしてこの瞬間は、多くの方が言葉を発さず、ただじっと見ています。 完成した写真をお見せすると、皆さんとて
4月7日


湿板写真のポジとネガ
湿板写真には「ポジ」と「ネガ」という二つのかたちがあります。湿板写真と検索すると、ガラス写真(アンブロタイプ)が出てきたり、ティンタイプが出てきたり、昔の紙焼き(鶏卵紙)が出てきたりします。どれも湿板写真ですが、見た目が異なるため、少し混乱するかもしれません。 実は、湿板写真は大きく「湿板ポジ」と「湿板ネガ」に分けられます。 この分類を知っているだけで、湿板写真の見え方は少し変わります。 湿板ポジ アンブロタイプやティンタイプは「湿板ポジ」に分類されます。
アンブロタイプとティンタイプの違いについては、別の記事で触れています。 黒い背景の上で見るとポジ像のように見えますが、実際には薄いネガです。 薄いネガが黒に支えられることで、ポジ像が立ち上がります。
その仕組みは、見慣れてもなお、不思議さが残ります。 そして何より、その板そのものが完成形です。
複製を前提とせず、ガラスや金属板という物質が、そのまま最終仕上がりになります。
一枚で完結します。 湿板ネガという役割 一方で、湿板ネガというものもあります。 こちらは紙焼きを作るためのネガです。アン
2月26日


なぜ湿板写真は「一発勝負」なのか?
“濡れている間”にしか写らない理由 この記事では、アンブロタイプやティンタイプの湿板写真について話します。 撮影に来たお客さんに湿板写真の流れを説明すると、「一発勝負なんですね」と言われることがあります。 確かにそうです。ただしそれは、緊張感を煽るためでも、精神論でもありません。湿板写真は、工程と化学反応の性質そのものが「一発勝負」になるようにできています。 まずは、他の写真との違いを整理してみます。 なぜ「やり直しがきかない」と言われるのか デジタル写真は、撮影後すぐに結果を確認できます。うまくいかなければ撮り直せばいいし、露出が多少ズレていても後処理で調整できます。 フィルム写真にもある程度の許容幅があります。露出が極端に外れていなければ、プリントでどうにかなるものです。 湿板写真はそうはいきません。 露出の許容幅は非常に狭く、感覚的には1/4段以内に収めないといけません。少しでも適正な露出から外れただけで、白飛びや黒つぶれが起きてしまうのです。しかもその結果が、デジタル写真のようにすぐには見えません。 厄介なのは、シャッターを切る時点で、す
2025年12月30日


光で立ち上がる銀の像
アンブロタイプとティンタイプ アンブロタイプやティンタイプを初めて目にした人の多くは、こう思うかもしれません。「あれ、少し暗めの写真だな」と。 確かに、これらの湿板写真は、最も明るい部分でも、紙にプリントされた写真のように真っ白にはなりません。そのため、シャドーからハイライトまでの表現の幅──つまり階調(ダイナミックレンジ)は、一般的な写真に比べると狭めなのが特徴です。 ここで少し比較してみましょう。 ここから続く2つの画像は、同じティンタイプ(左)と紙にプリントした写真(右)を、光の条件だけ変えて撮影したものです。 暗めの室内での見え方 上の画像は、暗めの室内光のもとで撮影しています。ティンタイプはやや暗く見え、プリント写真のほうは白から黒までのメリハリがはっきりしています。 明るい場所での見え方 次の画像は、同じ2枚を窓際の明るい自然光のもとで撮影したものです。ティンタイプの像は一気に立ち上がり、白から黒までの階調がくっきりと広がって見えます。一方、プリント写真も明るくはなっていますが、最暗部まで全体的にトーンが上がり、やや白っぽく感じられま
2025年10月5日


湿板ポートレートはなぜ強く迫るのか?
湿板写真の魅力のひとつに、他の写真にはない視覚的なインパクトがあります。スマホや現代のフィルム写真と違って、どこか「見られている」ような視線の強さがあり、被写体の存在感が立ち上がってくるのです。 その理由を考えてみると、どうやら三つの要素が関わっているように思います。ここでは私自身が撮影したりプレートを手に取ったりするなかで感じてきたことを、少しまとめてみたいと思います。 光の特性による“異質な表情 ティンタイプ 湿板写真は可視光の中でも紫外線寄りの光に強く反応します。そのため、普通に見慣れた白黒写真よりも落ち着いたトーンになり、瞳やシャドーは黒く引き締まります。いつも見慣れた顔のはずなのに、ハイライトが沈み、そこからは普段とは違う人物のような存在感が立ち上がってくるのです。 そしてなにより魅力的なのは、銀そのものがつくるハイライトです。紙の写真では紙白がハイライトを構成しますが、湿板写真では絵柄のハイライトは銀そのものです。色味はニュートラルグレーというより、少し温かみを感じさせます。 また、光を受けたとき、プレートの中で銀粒子がきらりと
2025年9月12日


明治のスタジオ写真に見る”近代”のはじまり
湿板写真が映し出した「時代のまなざし」 先日、古いガラス写真を手に入れました。桐箱に入った一枚のガラス写真で、撮影は明治十三年です。写っているのは、和装の若い男女ふたり。頭巾をかぶった女性がどこか気になって、購入しました。 小さな写真の中にある、違和感 実物のガラス写真は、おそらく手札判(約8×10cm)ほどの小さなサイズです。肉眼では見落としてしまいそうな細部も、スキャンして明るさを調整すると、いろいろと浮かび上がってきました。 画像をじっくり眺めるといくつもの興味深い点が目に入りました。 たとえば、男性は白い鼻緒の履物を履き、傘を手にして写っています。そして、この写真を特徴付けるは女性の頭巾です。また帯まわりには何か小さな装身具が下がっていて、二人の間の台にはタータンチェック柄の布がかけられ、今もよく見る観葉植物が飾られています。 いろいろと和洋折衷という感じがします。 モダンと伝統の狭間で まず目に飛び込んでくるのが、女性の頭巾です。 これは江戸から明治初期にかけて流行した御高祖頭巾(おこそずきん)と呼ばれるもので、防寒や顔隠しのために使
2025年8月5日


アウラとは何か?湿板写真が教えてくれる「写真の原点」
なぜ、“本当に残る写真”は少ないのか? 私たちはスマホで毎日たくさんの写真を撮ります。旅行に行けば数百枚、子どもの成長も日々記録しているかもしれません。けれど、ふと考えてみると――「心に残る一枚」だけを挙げるのは、意外と難しいものです。 写真は増えたのに、記憶に残る写真は減っている。なぜ、そんなことが起きているのでしょうか? そのヒントを、“たった一度きりの体験”に価値を見出した、ある思想家の言葉に求めてみたいと思います。 ベンヤミンって誰?「アウラ」って何? ヴァルター・ベンヤミンは20世紀初頭に活躍したドイツの思想家です。彼の代表的な概念のひとつに「アウラ」があります。 アウラとは、そのものが持つ“いま、ここでしか感じられない雰囲気”のこと。 たとえば、 ルーヴル美術館でモナ・リザを目の前にしたときの、空気の重さ。 大切な人からもらった手紙を読み返すときの、筆跡や紙のにおい。 ホールで聴く生演奏の、息を飲むような静寂。 どれもコピーでは代替できない、“一回性”のある体験です。 これがアウラです。 コピー時代にアウラが失われるとは? ...
2025年6月27日


湿板写真は“銀塩”なの?そもそも銀塩写真って何?
写真好きの間では「銀塩写真」や「フィルム独特の質感」といった言葉を耳にすることがあります。デジタル全盛の今でも、銀塩写真ならではの味わいに惹かれる人は少なくありません。 実は、私が撮影やワークショップで扱っている「湿板写真」も、銀塩写真の一種です。それも、もっとも初期段階の銀塩写真と言える技法です。 この記事では、「銀塩」とは何か?なぜ“銀”なのか?「塩」は食塩とどう違うのか?そして湿板写真との関係までを、できるだけ分かりやすくご紹介します。(本記事はモノクロフィルムや印画紙の話が中心です) 「銀塩写真」とは? 「銀塩写真」とは、銀とハロゲン(塩素、臭素、ヨウ素)の陰イオン(Cl⁻、Br⁻、I⁻)が結びついたハロゲン化銀を感光材料に使った写真技術です。 これらの元素は周期表の17族に属する非金属で、いずれも光に反応しやすい性質をもちます。この性質が、銀と組み合わせたときに感光材料として優れた働きをする理由のひとつです。 フィルムや印画紙には、このハロゲン化銀が塗布されており、光を受けると化学反応で像が記録されます。 「塩(えん)」ってなに? .
2025年5月29日


アンブロタイプかティンタイプか?記憶を写す二つの素材
湿板写真は、19世紀半ばに登場した写真技法で、ガラス(アンブロタイプ)や金属(ティンタイプ)の板に直接像を定着させる方法です。現代のように紙にプリントするのではなく、素材そのものに像を焼き付けるこの技法では、使用する素材によって写真の“表情”が大きく変わります。ここでは、代表的な「アンブロタイプ」と「ティンタイプ」について、それぞれの特徴や佇まいの違いをご紹介します。 アンブロタイプ──ガラスの奥に眠る像 アンブロタイプは、ガラス板にコロジオン溶液を塗布し、硝酸銀で感光化させた後に撮影・現像して作られます。撮影で得られる像はネガですが、背面に黒いベルベット布や塗料を施すことで、ポジティブ像のように見えます。アンブロタイプは「特別なポジ写真」ではなく、「見せ方によってポジに見えるガラスネガ」なのです。露光不足のフィルムネガでも黒い布の上に置くとポジに見えるのと同じ理屈です。 「アンブロタイプ」という名称は、ギリシャ語で「不滅」を意味する「ambrotos」と「型」を意味する「type」に由来し、ガラスの耐久性や像の永続性を象徴しています。...
2025年5月19日


湿板写真とは?スマホ写真とどう違うのか
スマホ全盛の時代に、あえて湿板写真? スマートフォンで、誰もが気軽に写真を撮れる今の時代。 そんな便利さとは真逆を行くのが、湿板写真という技法です。 1850年代──まだフィルムすら存在しなかった時代に生まれた、硝子や金属のプレートに薬品で直接像を焼き付ける湿板写真。その手間のかかる古い技法が、いまなぜ静かに注目を集めているのでしょうか。 「とりあえず撮る」ことから、写真と向き合うことへ スマホの写真は手軽で便利。でもその反面、「あとで見返せばいい」と思って撮った写真の多くは、記憶にも残っていないかもしれません。湿板写真では、一枚に込める想いがまったく違います。 湿板写真は、銀でできている 湿板写真の像は、光を受けた銀粒子によって焼き付けられます。スマホのデジタル画像とは異なり、その瞬間が物質としてプレートに定着するのです。 しっとりとした階調、深い陰影、立体感。そこには、見た人の心を引き込むような静かな力があります。 一枚の写真に“立ち会う”ということ 撮影には、大型の蛇腹カメラを使用します。その姿を見た瞬間、「これはただの写真じゃない」と感じ
2025年5月9日


湿板写真の歴史(日本)
日本に写真術が最初に到来したのは、1848年で、オランダからのダゲレオタイプが長崎で輸入されたことに始まります。ダゲレオタイプはフランス人のダゲールが完成させた技法で、銅板に銀メッキを施し、沃素の蒸気をあてた感光板 を、カメラで撮影し、水銀蒸気で現像した後 、チオ硫酸 ナトリウム(ハイポ)で 定着するという方法です。ダゲレオタイプは1839年ににフランス政府によって技術が公開され、機材や手引書なども発売されたため、欧米では公表後すぐに写真スタジオが誕生し、実用的な写真技術として普及していきました。日本でのダゲレオタイプについての記録は乏しく、日本人が撮影したダゲレオタイプとして現存が確認されているのは、島津斉彬像のみです。 一方、湿板写真(コロディオン湿板方式)は1851年にイギリスのフレデリック・スコット・アーチャーが発明した技法で、日本には1854年頃から、長崎 、横浜 、函館という三つの開港場から輸入されました。ダゲレオタイプの割とすぐ後だったこともあり、日本における写真の幕開けは湿板写真からと言われています。 日本における写真の開
2024年1月1日


湿板写真(アンブロタイプ・ティンタイプ)の原理
※以下は、湿板写真の原理を説明するための一般的な工程解説です。実際の制作では、安全性や管理のしやすさを考慮し、材料や方法を選択しています。 「塩を加えた(salted)コロジオン」の塗布 湿板写真で使うプレイン・コロジオン(未調合のコロジオン)は、主にニトロセルロースをジエチルエーテルとアルコールに溶かした透明な溶液です。 このプレイン・コロジオンに、ヨウ化物や臭化物といった「塩(えん)」を加えると、**salted collodion(塩を加えたコロジオン)**になります。ここでいう「塩」とは、ヨウ化物や臭化物などのハロゲン化物を指します。 湿板写真では、この**salted collodion(塩を加えたコロジオン)**をプレート(ガラス板やアルミプレート)に塗布することから始まります。またこのコロジオン自体は感光性を持ちませんが、次の工程で感光性のあるハロゲン化銀が形成されます。 ※上記以外の塩を用いるコロジオンレシピも複数あり、調子の現れ方が微妙に異なります。 銀浴(プレートの感光化) 塩化コロジオンを塗布したガラス板を硝酸銀の溶液に
2023年1月1日
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