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湿板ポートレートはなぜ強く迫るのか?

  • 執筆者の写真: esfahanchaihane
    esfahanchaihane
  • 9月12日
  • 読了時間: 4分

更新日:9月13日

湿板写真の魅力のひとつに、他の写真にはない視覚的なインパクトがあります。スマホや現代のフィルム写真と違って、どこか「見られている」ような視線の強さがあり、被写体の存在感が立ち上がってくるのです。 その理由を考えてみると、どうやら三つの要素が関わっているように思います。ここでは私自身が撮影したりプレートを手に取ったりするなかで感じてきたことを、少しまとめてみたいと思います。 



 
光の特性による“異質な表情
ティンタイプ
ティンタイプ

湿板写真は可視光の中でも紫外線寄りの光に強く反応します。そのため、普通に見慣れた白黒写真よりも落ち着いたトーンになり、瞳やシャドーは黒く引き締まります。いつも見慣れた顔のはずなのに、ハイライトが沈み、そこからは普段とは違う人物のような存在感が立ち上がってくるのです。


そしてなにより魅力的なのは、銀そのものがつくるハイライトです。紙の写真では紙白がハイライトを構成しますが、湿板写真では絵柄のハイライトは銀そのものです。色味はニュートラルグレーというより、少し温かみを感じさせます。



また、光を受けたとき、プレートの中で銀粒子がきらりと反射する瞬間もあり、紙やモニターの白では絶対に味わえないそのきらめきは、現物を手にしたときにしか分からない湿板写真ならではの美しさです。

HP内の「コロジオンと色」でも詳しく解説しています。



 浅い被写界深度による“視線の集中”

 湿板で撮ったポートレートを見ると、自然と瞳に目がいってしまいます。湿板は感度が極めて低いため、明るいレンズを開放で使って撮影する必要があります。そのため、大判カメラ特有の浅い被写界深度が生まれます。



アンブロタイプ
アンブロタイプ


その結果、ピントの合っている部分だけが鋭く浮かび上がり、あとはやわらかく溶けていきます。実物のプレートでは、ピントが合った部分に粒子感はほとんどなく、まるでそこに小さな穴が空いたように目が引き寄せられるのです。その視線の強さは、現代のデジタル写真のようにすべてが均一にシャープな画とはまったく違います。ピント面の強烈な存在感と、周辺のやわらかな滲み。そのコントラストが生み出す緊張感によって、見る側は自然と被写体の目に引き寄せられてしまうのです。




痕跡と物質感が生む“リアリティ”

湿板写真を知らない人が最初に不思議に感じるのは、絵柄上のムラやシミではないでしょうか。撮影の現場では、プレートの仕上がりを完全にコントロールすることはできません。こうした「不完全さ」(化学反応の痕跡)にはさまざまな種類があり、たとえば次のようなものがあります。


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Oyster shells

ハロゲン化銀がプレートに独特のシミを生じさせます。湿板写真家のあいだでは、この現象を「オイスターシェル」と呼んでいます。単なるシミとしてではなく、縁に浮かび上がる白い模様を牡蠣の殻にたとえ、偶然の痕跡に美しさを見いだしてきたためです。



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Crepe lines

温度や乾きの影響、またはコロジオン内の水分が原因の縮緬(ちりめん)皺



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Developer streaks

現像液が流れるときに残る筋模様



湿板写真は化学反応で成り立っているので原因はありますが、感光材料が濡れた状態で剥き出しになっているため、環境の影響を大きく受けるのです。当然ですが、撮影前の準備を手抜きしていたら、それは…そのまま画像に現れます。


私はいつも欠点が出ないように準備や工夫しますが、それでも残ってしまう痕跡は“ありがたく受け入れる”ようにしています。むしろ痕跡がまったくないプレートは、湿板らしさに欠けて物足りなく感じることさえあるのです。完璧に整えられたデジタル画像と違い、湿板には必ず揺らぎや不完全さが残ります。それこそが「不完全な美しさ」であり、そこに「時間」や「行為」の手触りが刻まれているのです。そして湿板の画像には、常に独特な“流動感”が宿っており、化学反応や光の流れがいまだにプレートの中に息づいているかのように感じられるのです。




湿板写真が視覚的に印象的なのは、こうした特徴が重なっているからだと思います(もちろん他にも理由はありますが)。

仕上がったプレートを光にかざすたびに、そこに写る人物が「写真」以上の存在としてこちらに迫ってくるのを感じます。その強さこそ、湿板写真の魅力なのではないでしょうか。

撮れば撮るほど、新しい発見や気づきがあり、湿板写真の奥深さを改めて感じます。



アンブロタイプ
アンブロタイプ











 
 

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